なぜ大切な人を大事にできないのか?身近な人ほど大切にして欲しい理由
この人だったら後回しにしてもいいや、仲が良いからわかってくれるだろう
自分は今忙しいから対応が雑でもいいや、家族だから理解してくれるだろう
そう考えてしまう時ってあると思います。
実際、私も家族だからこそ甘えてしまい、特に独身のときなんかは家族を後回しにしてきました。それほど親しくない人には何故か丁寧な態度を取るのに、家族など身近な人、大切な人ほど大事にして来なかった様に思います。
でも最近感じるのは、大事な人だからこそ大切にすべきだということ。それはお客様に対しても家族や友達に対しても同じだと思います。
アメリカで夫経営のレストランを手伝っていた時、とてつもなく混雑した日に、常連のお客様が来てくれました。
彼らはとても気さくで優しくて、私が大好きな人達。忙しくして慌てている私に彼らは「大丈夫だよ、ゆっくりで良いよ」と言ってくれました。
そして私はそれを鵜呑みにしました。
「混雑過ぎて待たせてしまってるけど、この状況だからわかってくれているだろう、許してくれるだろう」そう勝手に思ってました。そして他のお客さんの対応を先にして、彼らのことを後回しにしました。
でも従業員のオーダーミスなどが重なって、その人達の注文がキッチンにちゃんと届いておらず、彼らはかなり待っていました。最終的に料理が届いたのは、かなり後になってからでした。
彼らは私達に対して怒りを表すことは無かったです。ただ悲しそうでした。
そして彼らを見たのはそれが最後でした。
なぜ私は大切な人を後回しにしてしまったのだろう。
そういったときこそ、一番大事にしなければいけなかったのは、大切なお客さんだったのに・・。時間を巻き戻せるならそうしたいし、そういった人達を失うのはものすごい痛みで、レストランを止めた今でも思い出すほど後悔が残っています。
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先程とは逆パターンになりますが、過去に恋愛がらみで親友に「ツイックスならわかってくれると思った」って言われたことあります。
それは私は甘えだと思うし、あなたが決めることじゃないって思いました。むしろそんなセリフ言われて「許せない、でも許さなきゃ、許せない自分はダメなやつだ」って思えてきて悲しかったです。
男のことなんてどーでもいいんです。ただ悲しいんです、親友に大事に思われてなかったことが。
どんなに仲良くても、一度の失敗が取り返しのつかないことになるってこと。割れたお皿は接着剤でくっつくかもしれないけど、ヒビは残り続けるということ。仲がいいからこそ許せないというのもありますよね。
家族でも全く同じ事が言えると私は思います。
家族だからわかってくれるだろう
わかってくれますよ、多少なら。許せますよ、だって家族ですから。
でもいつもそうされたらいい加減怒りますし、溝は深まっていくと思います。いつまでも甘えて雑な態度が続くなら、いくら家族でも許せないんですよ。全部失わないと気づかないのかな?家族だからこそ、感謝の態度とかちゃんと言葉が必要なのでは無いですか?
失った時に気づいてももう遅いんです。壊れるのは一瞬で、再構築したいと思って後悔してももう出来ないか、信頼を取り戻すのにものすごく時間がかかるんです。後悔もかなり深いものになると思います。当たり前は当たり前ではないです。
だから失う前に、気づけたらいいですよね、自分が甘えていることに。
私はどちらの立場も経験しましたが、どちらになっても両者共が辛いと感じました。
小さなことで良いと思うんです。「ありがとう」とか「ごめんね」で良いんです。
もし言えないんだったら、相手が喜ぶことをしてあげるんでもいいと思います。最近会えていない両親に「元気?」って連絡入れるだけで親ってすごく喜ぶじゃないですか。
大事な人ほど身近にいるので、目の前にいる人を大切にしなきゃいけないなって私は感じています。
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コメント
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私はこの世で一番大事と言っていい弟がいます。
いつも私の話を聞いてくれて、アドバイスだってしっかりとしてくれます。毎年誕生日プレゼントも忘れず、何かと心配して連絡をくれます。
幼い頃は、かなりひどい環境で育ったこともあり、その中をともに生き延びた戦友でもありました。彼は兄弟の中でもひどい虐待を受けていました。それは多分男の子だから、反抗しないから、だと思います。しかし弟はいつも考えていました、どうしてみんな怒鳴るのか、暴力をふるのか、話し合わないのか。確言う私は弟は逆で、父と似てわめいて怒鳴って、暴力で解決しようとする人間でした。
そんな環境にいても、弟は、誰よりも痛みを受けただろうに、誰よりも優しくあろうとしました。
私はいつも弟の優しさに甘え、彼の話もろくに聞こうとせず、自分勝手に振る舞っていました。
話を聞いてくれないことに弟は「悲しい」といつも言っていました。その意味を全く私は理解しておりませんでした。
何が悲しいのか、それは、「大切にされていない事」に悲しんでいたんですね。この記事を見て、やっとその答えがわかりました。
本当に本当にありがとうございます。
これからはこの記事のことを心に刻み、身近な人を大切にすることを何よりも大切にしていきたいと思います。
朝ごはんさんこんにちは。メッセージありがとうございます。記事を読んでいただき嬉しく思います。
朝ごはんさんは優しい素敵な弟さんがいらっしゃるのですね。文章から、弟さんとは強い信頼関係があるんだろうなと感じました。
大切な人を大切にするって言葉では簡単で、当たり前のことなのに、とても難しいことですよね。
もしかしたら人は痛みを感じないと気づかないものなのかもしれません。でも何かのきっかけで気づけたら・・。そこからは行動が変わっていくのでしょうね。私は傷みを体験して辛かったけど、でもだからこそ大事な人とできるだけ時間を過ごしていきたいと思うようになりました。
朝ごはんさまも弟さんと多くの時間を過ごしていってくださいね!