アメリカ生活で最も辛くて大変だった体験。人生で2度と経験したくないです
今回はちょっとヘビーな話です。
結果的には無事だったので、今こうして記事を書けるのですが、私は夫を失いそうになりました。
今回私が感じたことは、できるだけ人に体験してほしくないことなので、そういう想いも込めて、ここに記しておきたいと思います。
※文章がめちゃくちゃかもしれません
それは、夫が出張中のときに起こりました。
私はその日、自宅で自分のやることをやって眠りにつきました。とくに普段どおりでしたが、気になっていたことが1つだけありました。出張中は、毎晩くるハズの夫からの電話が、その日だけは無かったことです。
おかしい。
でもきっと気のせいだ、疲れて眠ってしまったんだろう。
そう思いこんで私は眠りにつきました。こういうことはたまにあります。
うとうとし始めたころ、携帯電話が鳴りました。明け方で、知らない番号でした。こんな時間に電話なんて変だ。私は胸騒ぎがしました。
でもそれを打ち消すかのように電話を無視しました。
「きっとだれかの間違い電話だろう。そうに違いない。」
電話が鳴り止み、忘れようとして再び目を閉じたところまたコールがなりました。見たら夫からの着信でした。こんな朝早くにどうしたのかと疑問に思いつつ電話に出ました。
でも、かけてきたのは夫ではありませんでした。
それは病院でした。
夫に何か起きた
自分の体の力が抜けていくのがわかりました。
「あなたのご主人は車の中で意識がない状態で発見され、病院に運ばれました」
その言葉を聞いた瞬間、何も考えられなくなったのを覚えています。お腹のあたりからむかむかするものがこみ上げてきて、what?と声を絞り出すのがやっとでした。
お医者さんの話を聞かなくちゃ・・お医者さんの質問に応えなくちゃ・・
だけど夫の最近の様子をお医者さんに伝えたいのに、全然気持ちをコントロール出来ないんです。落ち着くんだ・・。やっと出てきた声が震えているのがわかりました。どうにか病院の連絡先をメモしました。
電話切ったあと、じっと出来ず病院へ向かう準備をはじめましたが、かなり動揺しており、何度も同じ引き出しを開けたり部屋をウロウロするばかりでした。
両親たちに連絡をしなくては・・
その時のわたしは半狂乱だったと思います。こういうときに限って電話に出なかったのもあり、やっとつながったときは感情を抑えられなくなり、両親たちには叫び声でしか伝えられませんでした。何がなんだかわからない、でも夫が死ぬかもしれない。自分の体が引きちぎられたかのような思いでした。
でも、彼のためにできることをやらなくちゃ・・
彼がいる病院へ行かなくちゃ。次の連絡がくるまで待ってくださいって言ってたんだから、そのときにすぐ動けるようにしておかなくちゃ。病院への到達手段を考えなくちゃ。
でも調べている間、ブワーっと涙が湧いてくるんです。まさか、こんなことが夫の身に起こるなんて想像すらしてなかった。夫が死んでしまったら・・死ぬかもしれない・・。なぜこうなってしまったのか。大病とは無縁の人ではありましたが、最近体調がすっきりしていませんでした。
あの日、出張に行くのを見届けた日に、無理にでも行くのを止めれば良かった。咳をしていたこと、気分が優れない様子だったこと。なぜ強く止めなかったのか。そうすればこんなことにはならなかったはずです。
医者からの連絡が来るはずなのにこなくて、それが異様に長く感じました。なんで連絡ないの?悪い方にいってるの?こんなに待ってるのに。
人生で、こんなにも時間がたつのが長く、気が狂いそうになった日はありません。
あまりに待てずに病院に電話をかけたら、また混濁しているが先程1度目を覚ましたよと言われました。そこでほんの少しだけホッとしました。息をしていることも知れました。
でもまだどうなるかも、なぜそうなってしまったのかもわからない。
病院からの連絡を待っているばかりで、なかなか夫の詳しい情報を得られなかったとき、本当に色々な思いが交錯しました。まずが私が落ち着き、休むべきところは休まないととはわかっていたのですが、脳がそういう指示を出さないんです。
その後、ナースの協力で携帯電話越しに一言、夫の声を聞けたときは嬉しくて涙がこぼれてきました。
数日してから今振り返ってみると、最初に私が病院から電話をもらって夫の一言を聞くまで、14時間が経過していました。この14時間はほんとうにおかしくなりそうでした。点と点が結びついて色々な情報をあわせると、夫は24時間以上、意識を失っていたことになります。
どうしてこうなってしまったのか、原因はまだクリアになっていません(コロナではありません。これについてはかけるようになったら書きます。⇒その後、原因がクリアになりました。気になる方はこちらへ⇒アメリカで日本人夫が病気になりました。健康だったのに海外で心不全)
でももう少ししたら夫は退院できます。コロナ禍で面会は出来ていませんが、顔を見ながら電話もできるまでに回復しました。奇跡としか言いようがないですよね。
お医者さんやナース、救急車を呼んでくださった方、救急隊、夫の会社関係の方、両親たち、私の友達。メンタル面でもかなり支えて頂きました。たくさんの方に助けて頂きましたことを心より感謝したいです。
今回のことで感じたことは、
・おかしいと思ったらそのままにしないこと
・当たり前の日常は当たり前ではないこと
・大事な人を大切に
私の人生にはそんなことは起こらないと勝手に思っていました。基本的には健康な生活を送ってきたので、夫もきっと同じ気持ちでしょう。でも当たり前じゃないです。人はいつ、突然の別れがやってくるかもわかりません。きっと小さなシグナルは出ているハズです。咳とかお腹が痛いとか、夜眠れないとか・・。
だから小さなサインを見逃さないで欲しい。大事な人を大切にするのはもちろん、自分の体のことも・・。
自分はちょっとぐらい我慢すればいいというのは違うと思います。自分が健康でいることは、相手の幸せでもあるんです。
無理しすぎない、自分も相手も、お互いに・・。過信をしないようにして下さい。やばいと感じたら躊躇せず救急車を呼んで下さい。それが無理なら誰かに助けを求めて下さい。
それが私の言いたいことです。
今、冷静になってきて思うと、非常に危険な状態であればすぐに病院へ来て下さいと言うと思うし(とはいえ、コロナで会えないですが)、連絡がないのはそこまで緊迫していなかったのかなとは思います。とはいえ、意識は無かったし集中治療室にいるわけですから、病院からの連絡がない場合、自分からどんどん連絡していいと感じます。連絡を待ってと言われたからと言って待っていると、そこはアメリカ、適当で情報を得られません。私は病院に何度も電話をかけて、少しずつ情報を集めていったという感じです。これについては、現地の日本人のお友達にアドバイスを頂き、何度もかけていいと思うと背中を押されて出来たことです。
私の英語力はゼロではありませんが、もっと精度をあげていきたいということを強く思いました。病院には通訳サービスはありますが、緊急時にそんなものは時間のロスです(もちろん、医者から病名や原因を聞くときなど時間に余裕があるときは最大限に利用すべきだと思います。医療用語は難しい為、聞き間違いや聞き漏れを防ぐためにも)。誰かに頼らざるを得ないし、自分が待ちの姿勢になってしまいます。でも英語が少し出来たことは、今回役立っています。
英語に関していえば、習得に時間がかかるものなので、その間日本人同士のコネクションをつくっておくなども1つの対策だと思います。緊急時は助けを求めて下さい。あと携帯電話に緊急時の連絡先を指定する項目がありますし、領事館に届け出もしておけます。
今回、どういった経路で病院が私に連絡をくれたのかわからないですが、夫はスマホ内の項目にある緊急連絡先に、私の番号を登録していました。それも1つの手だと思います。所持品のIDから割り出して私の携帯にたどり着いたのかもわからないですが・・。
もし夫婦一緒のタイミングで不幸に見舞われたとき、誰が日本の親とか家族に連絡してくれるのか?なども考えておいた方が良いと思いました。両親が語学堪能なら問題ないですが、いきなり海外から英語で連絡もらっても困りますよね。
あと車の運転技術もアメリカでは必須だと改めて思いました。アメリカでの運転が怖いのでしませんという方がいますが、それは私はおすすめしません。相手に何かがあったとき、素早い対応が出来ません。ウーバーがすぐ来ないかもしれない。今回の私のように、地元ではなく、他州へ駆けつけなければならない可能性もあります。
私の運転技術は凄くあるわけではないですが、ほぼゼロの状態からアメリカ生活である程度はできるまでになっていたので、今回はそれも役にたったと思います。
夫を失う恐怖を、私は2度と味わいたくありません。だから生きていくためのもっとスキルを磨いて、強くなりたいです。
最後になりますが、今までは照れがあったりして言えなかったことも、これからは夫にちゃんと言葉にして伝えるつもりです。
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