海外生活はみんな孤独。アメリカで友達いないに悩んだ私が見つけた【寂しい】解消法

海外生活は華やかだと思っていたのに、想像とは全然違ったと感じている人は多いと思います。
楽しいどころか寂しい、孤独だという感情を抱える事も多いのではないでしょうか。
私もアメリカでの生活がこんなに孤独なものだとは想像すらしていませんでした。
渡米して初期の頃は、何もかもが目新しく、全てが新鮮なものに映っていたのですが、暫くしてから孤独だという負の感情を抱えるようになりました。
・言葉が通じない
・それが故に自分の思っている感情を上手く表現出来ない
特に私は後者で苦しんだと思います。
私は友達と話すのが好きで、会話を通じて誰かと体験や想いを共有することに楽しさとか安らぎを感じるタイプでした。
でもスラスラ英語が出てくるわけではない。黙っている事が多くなって、自分の感情を上手く吐き出せない、伝えられないというのが物凄くストレスでした。
夫は日本人なので、もちろん私の話を聞いてくれはしました。
でも夫だとなんか違うんです。夫と話すのがつまらないのではなくて、それは別の種類のものでした。
日本にいる友だちとも連絡は取り合っていたので、もちろんそれは楽しいし、ありがたい存在でした。でもそれはまた別の種類のものでした。
夫とか男性ではなく、同性の友達が欲しい。何でも気軽に喋れる現地での友達が欲しい。信頼できて、どーでもいい日常のことでも話せるような・・。
ずっとそう思っていました。
でも語学がネックでなかなか簡単には行かなくて。語学学校行ってその場だけの友達は出来ても、心置きなく何でも話せる様な、信頼出来る友達は中々出来なかったです。
しまいには日本の友達とも距離が出来始めました。時間の経過と共に日本の友達との関係性が、以前とは違う形に変わり始めていました。それは別々の国に住んでいる以上、仕方がないことではありましたが、とても悲しいと私は思いました。
現地にも、日本にも自分のことをわかってくれる人なんていない。私は一人だ。
それは取り残されているような感覚でした。
この時の私は凄くむしゃくしゃした気持ちを抱えていたと思います。
寂しいという感情を抱える様になった時、私は日本にいる家族や友達には相談しませんでした。心配かけたくなかったのと、自分のプライドを守りたかったからです。
アメリカにいる親戚に寂しいと言葉に出してしまったことがありますが、「それは暇だからよ」って言われて、その時は納得ができませんでした。
だから暫くの間は寂しいという感情を抱えていました。
でもそんなある日、突然、もう受け入れようって思えた日が来ました。何かキッカケがあったわけではなくて、閃いたかのようにそう思いました。
私は現地で友達が出来ない。日本の友達とも以前のような形では付き合えない。寂しい。でも仕方ない。
受け入れたというより、この時は良い意味での諦めに近かったのかもしれません。
でもそしたら想像以上に心が軽くなったんです。それまでは現地で友達が出来ないことを、あまり触れて欲しく無かったですが、自分で「ホントに友達出来ないわ!」って良い意味でネタにも出来るようになっていたと思います。
その上でずっと現地の友達が欲しいという気持ちは持っていました。
そして渡米してから約半年後、語学学校で1人の友達に出会いました。
同じ授業を取っていることが多くて、何となく一緒の時間を過ごす事が多かったコロンビア出身のクラスメート。
たまたま話を聞いていたら、寂しいとか、故郷にいる家族に会いたいとか、初対面の人と話すのが苦手とか、私と全く同じことを悩んでいました。
ラテン系ってフレンドリーな人が多いのかなって勝手に思ってたのですが、彼女は引っ込み思案で、それが意外で。確かに彼女はとても大人しい印象だったんです。
彼女との出会いが私にとっては大きな転機になっていったと思います。
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彼女と私はそこから徐々に何でも話す様になりました。
家族のこと、自国のこと、恋愛のこと、ビザのこと、将来の夢、どーでもいい話・・ほぼなんでも話しました。
学校で丸1日一緒なんですけど、放課後には買い物行ったりお茶したり。泥水の中を走り回る豚を捕まえるコンテストに一緒に出たりもしました。ハロウィンには野外のお化け屋敷、他の友だちを交えて色々な国のレストランへ行ったりしました。
一緒にいるのがいつの間にか当たり前になっていました。
いつも一緒にいたので、どちらか1人でいると学校で、「今日は1人なの?なんで?もう1人はドウシタンダ?」と周囲から言われるくらい。
もちろん、彼女と違いはたくさんありました。
彼女は8つも若かったし、アメリカ人のホストファミリーと暮らしていました。見た目も生い立ちも全く違ったので、なぜ仲良くなったのか不思議といえば不思議なのですが、でも悩んでいる事がほんとに同じだったり、芯の部分はかなり近いものがあったと思います。
お互い語学学校にいたので、会話も完璧な英語ではなかったのですが、それでもわかったんですよ、彼女が何を思っていたのかが。
だからお互いに自分の弱さをさらけ出しても大丈夫だったし、こうしたら良いんじゃないとかお互いにいい方向へ行ける様に支え合って来た、という感じでした。
日本人じゃなくても、こんなにわかり合える人が出来たことはとても心強かったです。
住んでいたエリアにも学校にも日本人があまりいなかったのもあるのですが、アメリカでの最初の親友がまさか外国人になるとは思ってもみなかったです。国籍は問題では無いんだなあとも感じました。
だから私が引っ越すことになって別れる時は悲しかったです。
離れ離れになった後、学校でエッセイを書く課題が出されたそうです。その時に「私達のフレンドシップについて書いた」とそのエッセイを私に送ってくれたことがありました。
実は私も引っ越し先の学校で彼女のことをトピックにしてエッセイを書いた事があったんですよ。
私はちゃんとした友情が築けていたのが物凄く嬉しかったです。まるで恋人同士みたいですよね。
彼女とは信頼関係を築けていたんだと思います。
今の私の生活では、近くに彼女がいるわけじゃないので、やはり寂しいなと思うことはあります。
でも離れていてもそういった友達がアメリカにいること、「大丈夫、彼女も頑張っているハズだから」と私も踏ん張れるんです。いつでもその人と連絡が取れることもありがたいです。
どこに行ったとしても、そういった信頼関係を築いていけるんだと思えたことは自信にも繋がっています。
その後、私が友達になりたいなと思えるアメリカ人と出会い、今度は家族くるみで付き合いがある人も出来ました。
今、私はあまり孤独を感じてないです。違う州に引っ越して友達がいないので、孤独といえばもちろんそうなんですけど、でも私はそれを受け入れる大切さを知っています。こうなるまでに、紆余曲折あったりもしたのですが、今は自分の感情と上手く向き合っているというのかな。
毎日やることがあったり、目標に向かっていて忙しいと、寂しいとあまり感じないので、それも解決策の1つだと思います。
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孤独だと感じた時、どうしようもなく悲しい感情が湧き上がってくると思います。
でもそれを含めて自分を受け入れてあげることが大事だと思いました。
海外にいると孤独という感情だけじゃなくて、心の中ではもっと色々な負の感情が渦巻いていると思います。私は無力だとか、何でこんなに辛いの?とか、あの人が羨ましいとか・・。
でもそういった感情も含めて、自分で自分を受け入れてあげられるかどうかが、とても大事なポイントなのではないかと今は感じています。
受け入れた上で解決策を模索するか、それとも受け入れずに誰かのせい、環境のせいにしてしまうのか。きっと海外生活のことだけでは無くて、これは何にでも当てはまるのではないかと思います。
その上で人と信頼関係を築いて行くのが大事だと思いました。
それは現地にいる日本人かもしれないし、外国人かもしれません。日本の人と日本語で話せる安心感は格別なものです。でも外国人と英語で話す楽しさ、理解しあった時の嬉しさもまた格別だと思いました。
夫と話しても友達という関係ではないので寂しさを感じるのと同じ様に、それぞれが別物だと私は思います。それぞれに違った良さがあり、でもそれだけでは埋められないものだと私は感じます。
もちろん私は現地の日本人や外国人だけでは無く、日本にいる昔からの友達にもたくさん助けられています。
共通しているのは、どんな関係性だろうと信頼関係を築けている人とは、近くにいようが離れていようがいつでも心は繋がっているということ。いつでも手を差し伸べてくれるということ。
そういった人が1人いるだけで、ストレスを感じる環境の中でもいつも心強くいられるものだと私は思います。
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